長部田村(読み)ながへたむら

日本歴史地名大系 「長部田村」の解説

長部田村
ながへたむら

[現在地名]相知町大字長部田

厳木(きゆうらぎ)川左岸沿いの村。村の七割が山野で、平坦地はしばしば洪水にあい、貧しい村とされた。「松浦記集成」によれば、かつては萱原(かやはら)とよばれていたという。字名の三十六(さんじゆうろく)、口の坪(くちのつぼ)は条里制のなごりとされる。

秀島鼓渓覚書によれば永禄一二年(一五六九)獅子(しし)ヶ城主鶴田前と波多三河守が合戦し、鶴田氏の臣吉松権兵衛が、ここで戦死したとされる。

正保絵図に長部田村の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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