長門城跡(読み)ながとのきあと

日本歴史地名大系 「長門城跡」の解説

長門城跡
ながとのきあと

古代、外寇に備えて構築された城。その所在は明らかでなく、現下関市内で長府の唐櫃かろうと山説、前田の茶臼まえだのちやうす山説・の山説、吉見の竜王よしみのりゆうおう山説などがある。「日本書紀」天智天皇四年に「秋八月に、達率答春初を遣して、城を長門国に築かしむ」とあり、同九年二月にも「又、長門城一つ、筑紫城二つを築く」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む