間門村(読み)まかどむら

日本歴史地名大系 「間門村」の解説

間門村
まかどむら

[現在地名]富士市間門

比奈ひな村の北、愛鷹あしたか山の西麓に位置する。中世は摩加戸とも記された。建武三年(一三三六)二月日付長沼朝実代石太重泰軍忠状(長沼文書)によれば、長沼朝実主従は足利尊氏・直義を追討するため東下する新田義貞に従い、建武二年一一月二五日に三河国矢作やはぎ(現愛知県岡崎市)で合戦し、直義を追撃して遠江国から駿河国、相模国箱根はこね山と転戦し、同年一二月一三日に「摩加戸宿」での合戦に臨み度重ねて軍功をあげたと上申している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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