関矢マリ子(読み)セキヤ マリコ

20世紀日本人名事典 「関矢マリ子」の解説

関矢 マリ子
セキヤ マリコ

昭和期の郷土史・女性史研究家



生年
明治43(1910)年

没年
昭和61(1986)年1月12日

出身地
新潟県柏崎市

経歴
明治中期、民間開拓会社「北越殖民社」を設立し江別市東西野幌地区を開拓した関矢孫左衛門の子留作と結婚して渡道。入植50年にして夫が開拓史の編纂にとりくむが急逝。夫の遺志を継いで昭和22年「野幌部落史」を出版した。同書は、構成民俗学的資料のまとめ方などが高く評価され、郷土史編さんの模範とされている。また道内の女性史研究の重鎮としても活躍した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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