…しかし,この改革は3年後に挫折し,1713年,18年両度における百姓一揆の主たる原因となった。 福山藩は1717‐18年松平忠雅のとき,定免(じようめん)制の廃止,年貢軽減を要求する全藩一揆が起こり,つづいて藩主阿部正倫になった1770年(明和7),86‐87年(天明6‐7)にも大規模な全藩一揆に見舞われた。老中を辞した正倫は,藩制改編,財政再建,農村改革を目標に寛政改革を推進した。…
…備後国(広島県)福山に藩庁を置いた譜代藩。領知高10万石。1619年(元和5)芸備両国を領していた福島正則改易のあと,水野勝成(かつなり)が大和国郡山から入封して成立。備後7郡と備中国小田,後月(しづき)郡の一部を領有した。勝成は幕府の配慮を得て,深津郡野上村を中心に城郭と城下町を建設し,領内外から商工業者の来往を誘致した。また領国経済の基礎を固めるため,大規模な新田を開発して新しい村や用水関係を整え,備後表(びんごおもて)や木綿栽培など商品作物を奨励した。…
※「阿部正倫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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