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片山北海 かたやま ほっかい

美術人名辞典の解説

片山北海

江戸中期の儒者・漢詩人。越後生。名は猷、字は孝秩、通称は忠蔵、別号は孤雲館。京都に遊学して宇野明霞に学んだ後、大坂に移り鳥山菘岳と共に大坂詩壇の中心的存在となった。佐々木魯庵の発起で大坂の詩人を結集した詩社混沌社が結成されると、推されて盟主となった。木村蒹葭堂平沢旭山・佐々木魯庵等多くの門人を育てた。寛政2年(1790)歿、67才。

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デジタル大辞泉の解説

かたやま‐ほっかい〔‐ホクカイ〕【片山北海】

[1723~1790]江戸中期の儒学者。越後の人。折衷学派を奉じ、大坂で儒学を講じた。詩社の混沌社を結成。

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百科事典マイペディアの解説

片山北海【かたやまほっかい】

江戸中期の儒学者。越後の人。名は猷(ゆう),字は孝秩(こうちつ)。宇野明霞(めいか)の門人。京都相国(しょうこく)寺の学僧大典(顕常(げんじょう))と協力して,師の遺著を整理刊行した。
→関連項目木村蒹葭堂

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片山北海 かたやま-ほっかい

1723-1790 江戸時代中期の儒者。
享保(きょうほう)8年1月10日生まれ。京都で宇野明霞(めいか)にまなぶ。明霞没後は大坂にうつり,塾をひらいた。明和2年(1765)から漢詩の結社混沌社を主宰。尾藤二洲(じしゅう)らと交友があった。寛政2年9月22日死去。68歳。越後(えちご)(新潟県)出身。名は猷。字(あざな)は孝秩。通称は忠蔵。別号に孤雲館。

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世界大百科事典 第2版の解説

かたやまほっかい【片山北海】

1723‐90(享保8‐寛政2)
江戸中期の儒者。越後の人。名は猷,字は孝秩,通称忠蔵,北海は号。18歳の時京都に出て,宇野明霞(1698‐1745)について学んだ。明霞は荻生徂徠の儒学説を上方で最初に講じた儒者である。1745年(延享2)明霞の没したのを機に大坂に下り,以後終生大坂に住して,儒学と詩文の教授を業とした。刊行された著述はないが,混沌社(こんとんしや)を主宰したことで聞こえる。これは64年(明和1)に結成された詩社で,同人が集まって漢詩文を作り,批評し合った。

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大辞林 第三版の解説

かたやまほっかい【片山北海】

1723~1790) 江戸中期の儒者・漢詩人。越後の人。大坂で塾を開き、多くの門弟を集めた。詩文をよくし、混沌社を組織。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

片山北海
かたやまほっかい

[生]享保8(1723)
[没]寛政2(1790)
江戸時代中期の儒学者。大坂に住み,門人 3000人という。詩をよくし,渾沌社を設け,江戸の入江北海,京都の江村北海とともに三都の北海といわれた。著書『孤雲館雑記』。

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367日誕生日大事典の解説

片山北海 (かたやまほっかい)

生年月日:1723年1月10日
江戸時代中期の儒学者;漢詩人
1790年没

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