日本歴史地名大系 「陰陽連絡路」の解説 陰陽連絡路いんようれんらくろ 山口県:総論陰陽連絡路山陰道と山陽道を結ぶ古代の官道であるが、正称は不明。「延喜式」(兵部省)に長門国内の駅名一〇駅のみを記す。山陰道は石見国の国府に近い伊甘(いかむ)駅(跡地は現島根県浜田市)が最終駅で、山陽道も瀬戸内海沿いに本州最西端の臨門(りんもん)駅(現下関市長府)で終わる。そのため、伊甘駅以西および長門国阿武(あぶ)・大津(おおつ)・美祢(みね)の三郡には大路・中路がなく、小路が通っていたが、「延喜式」はその駅として、阿津(あつ)・鹿野(かの)・意福(おふく)・由宇(ゆう)(「和名抄」高山寺本は田宇とする)・三隅(みすみ)・参美(さみ)・垣田(かきた)(「和名抄」高山寺本は埴田とする)・阿武(あぶ)・宅佐(たかさ)・小川(おがわ)をあげる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報