隈谷村(読み)くまやむら

日本歴史地名大系 「隈谷村」の解説

隈谷村
くまやむら

[現在地名]日南市隈谷甲(くまやこう)・隈谷乙(くまやおつ)・隈谷丙(くまやへい)

平野(ひらの)村・西弁分(にしべんぶん)村の南に位置し、南は下方(しもかた)村・上方(かみかた)村など。南東に流れて日向灘に注ぐ隈谷川の流域を占め、南東端の山王(さんのう)地区は海に面する。熊谷村とも書いた(飫肥藩人給帳など)。西弁分村から当村に入り、南下して外浦(とのうら)(現南郷町)へ至る街道(外浦街道)が通る。検地古今目録(日向国史)によると慶長一〇年(一六〇五)には高九七九石余・田畑屋敷八六町八反余、寛保二年(一七四二)には高一千二五四石余・田畑屋敷一九三町六反余。正徳四年(一七一四)頃の前掲人給帳によると、庄屋には国貞六左衛門が任ぜられ、足軽二名も配置されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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