雑司ヶ谷鬼子母神門前(読み)ぞうしがやきしもじんもんぜん

日本歴史地名大系 「雑司ヶ谷鬼子母神門前」の解説

雑司ヶ谷鬼子母神門前
ぞうしがやきしもじんもんぜん

[現在地名]豊島区雑司が谷ぞうしがや三丁目

雑司ヶ谷鬼子母神の門前町屋。西は同社境内、南は雑司ヶ谷町、東と北は雑司ヶ谷村。鬼子母神は「きしぼじん」ともいう。町場は参道を挟んで南北に分れ、南側はさらに雑司ヶ谷町から延びる道で東西に二分されていた。三ヵ所の町場を合せて東西三二間余・南北二七間余(道幅三間とも)。天正六年(一五七八)に鬼子母神が祀られた頃には百姓家二、三軒があり、田地をもたない者は水茶屋を営んでいたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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