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雫石城 しずくいしじょう

日本の城がわかる事典の解説

しずくいしじょう【雫石城】

岩手県岩手郡雫石町は中世、源頼朝から滴石荘を安堵された戸沢衡盛以来、雫石戸沢氏の領地だったところで、雫石城は南北朝時代の1340年(暦応3/興国1)に南朝方の拠点として築かれたとされる。戸沢氏は鎮守府将軍北畠顕信(きたばたけあきのぶ)を迎え、南朝方に与していた南部氏の一族とともに高水寺城(紫波郡紫波町)を拠点としていた北朝方の斯波(しば)氏に対抗した。戸沢氏は1540年(天文9)、北朝方の三戸南部氏に敗れ、雫石城は南部氏の城となったが、1545年(天文14)、斯波経詮(つねあき)が攻略し、弟詮貞(あきさだ)を配した。当時、高水寺城は「斯波御所」と呼ばれていたが、これにならって、雫石城は「雫石御所」と称されるようになった。ちなみに、戸沢氏の城主時代には「滴石」と表記されていたが、このとき「雫石」に改められたとされる。その後、雫石御所は詮貴、久詮と3代にわたって続いたが、1586年(天正14)に南部信直によって滅ぼされ、1592年(天正20)、豊臣秀吉の命により廃城となった。本丸跡は現在、斯波氏の氏神であった八幡宮の境内となっている。東西が約90m、南北が60mほどの大きさで、当時の薬研堀(やげんぼり)の跡が残っている。本丸以外は市街地化が進み、城の面影はほとんど残っていない。JR秋田新幹線・田沢湖線雫石駅から車で約5分。◇「滴石城」とも記される。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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