青井(読み)あおい

日本歴史地名大系 「青井」の解説

青井
あおい

[現在地名]人吉市上青井町・中青井町・下青井町

球磨川の北岸の河岸段丘の後背地に位置する。東は山田やまだ川を挟み紺屋こうや町、北は村山むらやま台地、西は薩摩瀬さつまぜ村と接する。寛元四年(一二四六)三月五日の相良蓮仏長頼譲状(相良家文書)に「人吉御庄南方分」のうちに青井村とある。同時期すでに青井社(現青井阿蘇神社)が荘内の有力社として存在しており、同社の繁栄とともに発展したと考えられる。明治期の「熊風土記」によれば、文禄三年(一五九四)以前は「青井池ノ南ニ東西ニ流行町ニシテ、二日町、七日町、川原町ノ三町有リ」としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む