青地林宗墓(読み)あおじりんそうのはか

日本歴史地名大系 「青地林宗墓」の解説

青地林宗墓
あおじりんそうのはか

来迎寺境内に青地林宗(一七七五―一八三三)の墓と頌徳碑がある。林宗は松山藩医青地快庵の子、名は盈(えい)、字は子遠。初め漢方を学んだ。のち江戸に出て杉田玄白に蘭学を学び、天文台訳官馬場佐十郎と深交を結んだ。文政五年(一八二二)の訳述「万国輿地誌」、同一〇年の「気海観瀾」で知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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