青柳刑場跡(読み)あおやぎけいじようあと

日本歴史地名大系 「青柳刑場跡」の解説

青柳刑場跡
あおやぎけいじようあと

[現在地名]館林市青柳 中根

現主要地方道佐野―行田線と国道一二二号が合流する地点東方、かつての日光脇往還の杉並木起点付近にあった。天和―貞享(一六八一―八八)ごろ設けられたといわれ、斬罪磔刑のような重罪人の刑が執行されたという。刑場は面積二反二〇歩で首斬地蔵と称する大きな石地蔵があり、刑はその前で執行したとされる。弘化三年(一八四六)の郡方演説帳(館林藩史料)に「青柳村之内仕置場御座候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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