青梅陣屋跡(読み)おうめじんやあと

日本歴史地名大系 「青梅陣屋跡」の解説

青梅陣屋跡
おうめじんやあと

[現在地名]青梅市森下町

江戸時代前期に置かれた幕府代官の陣屋跡。西の裏宿うらじゆくに近い森下もりしたにあり、六反余の地に青梅街道矩折に曲げて設置された。幕府領山之根やまのねの地、三田みた領九千八五八石余・加治かじ領四千二八五石余・高麗こま領九千一四三石余・毛呂もろ領一千九六二石余を管轄した(延宝二年当時、「心得書」小沢家文書)。その始期は未詳ながら、慶長三年(一五九八)頃、加治領仏子ぶし(現埼玉県入間市)が青梅陣屋に貢献したという(風土記稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む