青梅陣屋跡(読み)おうめじんやあと

日本歴史地名大系 「青梅陣屋跡」の解説

青梅陣屋跡
おうめじんやあと

[現在地名]青梅市森下町

江戸時代前期に置かれた幕府代官の陣屋跡。西の裏宿(うらじゆく)に近い森下(もりした)にあり、六反余の地に青梅街道を矩折に曲げて設置された。幕府領の山之根(やまのね)の地、三田(みた)領九千八五八石余・加治(かじ)領四千二八五石余・高麗(こま)領九千一四三石余・毛呂(もろ)領一千九六二石余を管轄した(延宝二年当時、「心得書」小沢家文書)。その始期は未詳ながら、慶長三年(一五九八)頃、加治領仏子(ぶし)村(現埼玉県入間市)が青梅陣屋に貢献したという(風土記稿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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