青野原中新田村(読み)あおのはらなかしんでんむら

日本歴史地名大系 「青野原中新田村」の解説

青野原中新田村
あおのはらなかしんでんむら

[現在地名]加西繁昌町はんじようちよう

繁昌村の東に位置し、万願寺まんがんじ川の中流域に立地する。青野原の一部で、加西・加東かとう両郡入会秣場であった。享保八年(一七二三)青野原の開発が始まった。青野原中部の輪取り願主は加東郡新部しんべ(現小野市)の三右衛門で、新畑しんばた(現同上)又右衛門と共同で作業に掛かったが、経費に詰り願主権利を繁昌村重郎右衛門・九郎太夫・嘉太夫に譲った(文化一三年「御目見帯剣御免由緒書」三枝家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む