静尊法親王(読み)せいそんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「静尊法親王」の解説

静尊法親王 せいそんほうしんのう

?-? 鎌倉-南北朝時代,後醍醐(ごだいご)天皇皇子
出家して聖護院にはいる。元弘(げんこう)の乱で正慶(しょうきょう)元=元弘2年(1332)但馬(たじま)(兵庫県)に流され,守護太田守延にあずけられる。翌年京都に攻めいる千種忠顕(ちぐさ-ただあき)の軍に守延とくわわり,その大将となる。幕府軍との戦いに敗れ,その後の消息は不明。法名はのち恵尊。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む