鞠山藩陣屋跡(読み)まるやまはんじんやあと

日本歴史地名大系 「鞠山藩陣屋跡」の解説

鞠山藩陣屋跡
まるやまはんじんやあと

[現在地名]敦賀市鞠山

天和二年(一六八二)七月小浜藩主二代酒井忠直が死去し、同年九月遺志によって敦賀郡のうち五千石(二三ヵ村)と近江国高島(たかしま)郡(現滋賀県)のうち五千石(一三ヵ村)、計一万石を次男右京亮忠稠に分給し、鞠山藩(敦賀藩ともいう)が成立した(中山家文書)。貞享四年(一六八七)忠稠は赤崎(あかさき)浦塩込(しおこみ)に陣屋を建て、塩込を鞠山と改名した。陣屋は敦賀郷方覚書によれば東西三七間・南北三一間で、本陣の総坪数は一〇一坪、ほかに長屋(一五一坪)・土蔵・乗物小屋(七五坪)・門番所などが設けられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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