音部村(読み)おとべむら

日本歴史地名大系 「音部村」の解説

音部村
おとべむら

[現在地名]宮古市音部

重茂おもえ半島の東岸中央部にあって、重茂村南北に二分する。永正五年(一五〇八)の糠部郡九箇部他馬焼印図(古今要覧稿)に「をとへ」とみえるが、閉伊へい川南方に属しており当地をさすかどうかは不明。古くは乙部と記した。中世末期には一戸氏系津軽石氏の所領で、東奥一戸系譜略(盛岡市中央公民館蔵)乙部村は津軽石氏当主鬼九郎行重の「知行処なりし故に、家臣高平四郎右衛門に賜ふ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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