順慶町三丁目(読み)じゆんけいまちさんちようめ

日本歴史地名大系 「順慶町三丁目」の解説

順慶町三丁目
じゆんけいまちさんちようめ

[現在地名]南区南船場みなみせんば一―二丁目

順慶町二丁目の西にあり、町域はさかい筋から中橋なかばし筋までの二町で、間に難波橋なにわばし筋を挟む。町名は明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図にみえる。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三五・役数四三役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は大和屋久兵衛。宝暦九年(一七五九)火の見梯子の一つが設けられた(比田氏諸留写)。享保一八年(一七三三)漆屋仲間(四六人)戎講行司の一人がいた(「漆商旧記」大阪市史編纂所蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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