須鎌村(読み)すがまむら

日本歴史地名大系 「須鎌村」の解説

須鎌村
すがまむら

[現在地名]溝口町福居ふくい

北東流する藤屋ふじや川中流左岸の山麓部に位置し、北は藤屋村対岸上名かみのみよう村。村名は小さな鎌形の細長い谷という地形に由来したものか。拝領高は四三石余、本免は四ツ二分。米子荒尾氏の給地であった(給人所付帳)。文政一三年(一八三〇)の高四八石余、物成九石余、米子御蔵へ納入すべき三歩一米は不明(在方諸事控)幕末の六郡郷村生高竈付では生高四九石余、竈数七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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