飛国分寺跡(読み)ひだこくぶんじあと

日本歴史地名大系 「飛国分寺跡」の解説

国分寺跡
ひだこくぶんじあと

[現在地名]高山市総和町

高野山真言宗国分寺の寺域に位置したと推定される。国分寺建立の詔がだされたのは天平一三年(七四一)のことであったが、その造営は必ずしも順調に進展しなかった(「続日本紀」同一九年一一月七日条ほか)。天平勝宝元年(七四九)には各地の郡司層の国分寺への寄進が行われており、飛騨国でも同年閏五月二〇日に大野郡大領外正七位下飛騨国造高市麻呂が知識物を寄進し、外従五位下を与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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