飯仲村(読み)いいなかむら

日本歴史地名大系 「飯仲村」の解説

飯仲村
いいなかむら

[現在地名]成田市飯仲

大袋おおぶくろ村の南に位置し、南は伊篠いじの(現酒々井町)。承応二年(一六五三)公津こうづ村の分村により成立し、以後公津を冠称し公津飯仲村ともよぶ。佐倉藩領。分村時の高四六石余、承応三年の地詰帳(印旛郡誌)では高六二石余、元禄郷帳では高六八石余。なおほかに幕府領飯田いいだ新田に当村分の切添新田八石余がある。分村後、村高が一五石余増えているが、年貢率は分村後のほうが一一パーセントほど下がっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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