飯出村(読み)いいでむら

日本歴史地名大系 「飯出村」の解説

飯出村
いいでむら

[現在地名]桜川村飯出

三次(みつぎ)村の西に位置し、霞ヶ浦に面する。応安年間(一三六八―七五)の海夫注文(香取文書)に「東条庄内一方」として「飯手津」とある。慶安三年(一六五〇)七月晦日付の霞浦四拾八津連判掟書(土浦市立図書館蔵)にある連判の小津頭には「飯出村 久左衛門」の名がある。天和三年(一六八三)九月日の「河内郡三次村飯出村古渡村右三ケ村信太郡七ケ村村々ニ而余江入出入書付之事」(永長家文書)によれば三ヵ村は霞ヶ浦の余江(よえ)入を利用して漁業を行っている。元禄一六年(一七〇三)九月一六日の霞ケ浦四十八津返答口上書(舟串家文書)に「古来より霞浦四拾八津其外小津共百ケ津余御座候」とあり、「小津頭飯出村平十郎、小津野中、松川」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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