桜川村(読み)さくらがわむら

日本歴史地名大系 「桜川村」の解説

桜川村
さくらがわむら

面積:三四・一三平方キロ

郡東部、霞ヶ浦南岸に位置し、東・南はあずま村、西は小野おの川を挟んで江戸崎町と接する。村の北東部は湖岸に沿った肥沃な水田地帯で、早場米蓮根の栽培が行われる。南西部は耕地が点在する丘陵地帯で、野菜栽培が行われ、ゴルフ場が四ヵ所もある。霞ヶ浦湖岸に面するため干拓が盛んで、昭和初期には甘田入あまだいり干拓(約一二〇町)野田奈川のだながわ干拓(約一六〇町)が着工され、また昭和三六年(一九六一)に着工し、同四二年に完成した浮島の西うきしまのにし干拓では新たに約一四〇町の耕地が造成された。干水害の常襲地帯でもあったが、同二一年着工の国営新利根川農業水利事業で念願の防水堤が完成したので、干水害問題は解決された。

桜川村
さくらがわむら

[現在地名]猪苗代町磐根いわね

行津なめつ村の南西、磐梯山南麓の平坦地に位置する。川西組に属した。桜川が南流し、村名は同川に由来する。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では猪苗代郡のうちに桜川とみえ、高九五石余。享保一三年(一七二八)には家数一三(猪苗代町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報