飯櫃村(読み)いびつむら

日本歴史地名大系 「飯櫃村」の解説

飯櫃村
いびつむら

[現在地名]芝山町飯櫃

高谷(たかや)川の右岸に立地し、南は山田(やまだ)村。大里普賢(おおさとふげん)院虚空蔵菩薩像の永禄一〇年(一五六七)四月一三日の胎内墨書銘に「飯櫃住人」仏師浄慶子息熊房とみえる。天正一九年(一五九一)二月一三日の武射庄飯櫃村検地帳(徳川林政史研究所蔵)によると香取郡多古(たこ)城(現多古町)の城主保科正光領で、検地役人は赤羽又兵衛尉。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳では高一五九石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳などによると白升組に属し、旗本松平(久松)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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