飯間村(読み)はんまむら

日本歴史地名大系 「飯間村」の解説

飯間村
はんまむら

[現在地名]静岡市飯間

藁科(わらしな)川の右岸沿いに位置し、東は吉津(よしづ)村。領主は安西外(あんざいそと)新田と同じ。元禄郷帳では高二五〇石余。旧高旧領取調帳では幕府領として飯間村一〇〇石余、与左衛門・善次郎・源兵衛組一二六石余、彦太夫組一七石余、ほかに見性(けんしよう)寺(現曹洞宗)領九石がある。享保一六年(一七三一)の駿府代官所村高帳に丸子(まりこ)宿助郷・川除御普請所とある。「駿河記」では家数七〇。幕府の御林四三町二歩があった(修訂駿河国新風土記)。牛頭天王社など三社と曹洞宗見性寺・瑞龍院がある(駿河記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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