飽海神戸(読み)あくみかんべ

日本歴史地名大系 「飽海神戸」の解説

飽海神戸
あくみかんべ

現在の飽海町・今橋いまはし町・八町はつちよう通辺り。「神宮雑例集」に「参河国戸、本神戸廿戸号渥美神戸、新神戸十戸号飽海神戸、新加神戸十戸」とある新神戸にあたり、「或云、天慶三年八月廿七日符、是新神戸歟」とある。また建久已下古文書(神宮文庫蔵)に「新神戸二宮去天慶三年依勅願被奉寄」とあって、天慶三年(九四〇)に設定され、平将門追討の報賽にかかるものと思われる。この神戸の設定に伴って伊勢より勧請されたものが安久美神戸あくみかんべ神明社である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む