香城寺村(読み)こうじようじむら

日本歴史地名大系 「香城寺村」の解説

香城寺村
こうじようじむら

[現在地名]福光町香城寺

北東流する糸谷いとだに川西岸、広谷ひろたに村の北西にある。村名は医王いおう山四八ヵ寺の一つといわれる香城寺の名にちなむとされる(福光町史)。弘安元年(一二七八)七月五日の石黒庄内弘瀬郷東方領家地頭和与状(仁和寺文書)には「御出居畠」の西境として「香城寺道」がみえる。妙敬みようけい寺開基教宗の孫にあたる梵張は越中香城寺に住していた(諸家分脈系図)。元和五年(一六一九)の家高新帳には「かう城寺」とみえ、広瀬組に属し、役家数一七。正保郷帳では高五七四石余、田方三六町三反余・畑方二町。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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