香登本村(読み)かがともとむら

日本歴史地名大系 「香登本村」の解説

香登本村
かがともとむら

[現在地名]備前市香登本

くま山の南麓沿いに走る山陽道沿いの村で、東は大内おおうち村。香登西かがとにし村とともに古代和気わけ香止かがと(和名抄)の遺称地で、中世には香登庄が成立した。文禄四年(一五九五)一二月の宇喜多秀家黒印状(黄薇古簡集)によると「香登内」に大滝山(福生寺)寺領五〇石があった。

慶長一八年(一六一三)和気郡御勘定帳に「香かと村本村」とみえ、物成四六一石余・夫米三石余(半役)。寛永五年(一六二八)検地では朱印高九〇七石余のほか改出高八一石余(貞享元年「和気郡高目録」池田家文庫)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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