駒ヶ谷村(読み)こまがたにむら

日本歴史地名大系 「駒ヶ谷村」の解説

駒ヶ谷村
こまがたにむら

[現在地名]羽曳野市駒ヶ谷

古市(ふるいち)村の東にある。集落は古市より臥竜(がりよう)橋を渡り東へ延びる竹内(たけのうち)街道に沿い、背後に山林が迫り飛鳥(あすか)川が近くを流れる。竹内街道を東進するにしたがい平地が狭まり、地名はこのような地形に加えて、聖徳太子が当地で馬をとどめた故事にちなむという(大阪府全志)。弥生時代の五十村(いぶら)遺跡、駒ヶ谷古墳群がある。古代安宿(あすかべ)郡賀美(かみ)郷(和名抄)の地。建武四年(一三三七)一一月四日の田代基綱軍忠状(田代文書)に一〇月一八日のこととして「西林(琳)寺御逗留之時、舘籠御敵駒谷之間馳向」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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