高久田村(読み)たかくだむら

日本歴史地名大系 「高久田村」の解説

高久田村
たかくだむら

[現在地名]鏡石町鏡田(かがみだ)

鏡沼(かがみぬま)村東、釈迦堂(しやかどう)川東岸の小丘陵上に立地。奥州道中に沿う街村。「藤葉栄衰記」に天正一七年(一五八九)伊達政宗の須賀川城攻略の際、二階堂氏に属して抗戦した軍勢中に「高久田箭部紀伊守」がみえる。箭部(矢田部)氏は村の北端にあった鹿島(かしま)館(高久田館)に居住したと伝える。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に高久田とみえ高五四〇石余、内堀清兵衛ほか一名の知行地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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