高倉院厳島御幸記(読み)たかくらいんいつくしまごこうき

百科事典マイペディア 「高倉院厳島御幸記」の意味・わかりやすい解説

高倉院厳島御幸記【たかくらいんいつくしまごこうき】

譲位直後の高倉院の厳島御幸に随行した新院別当源通親〔1149-1202〕の仮名文による旅日記。《平家物語》(覚一本)の〈厳島御幸〉の素材となった。平清盛専制に対する批判的なまなざしが認められる。同じ著者に高倉院の死去から一周忌までの様子を描いた《高倉院升遐記》がある。

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