高原五郎七(読み)たかはら ごろしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高原五郎七」の解説

高原五郎七 たかはら-ごろしち

?-? 織豊-江戸時代前期の陶工
一説朝鮮からの渡来人。はじめ豊臣秀吉につかえ,元和(げんな)5年(1619)ごろ筑前(ちくぜん)(福岡県)博多をへて,肥前伊万里(佐賀県)の椎ノ峰,有田の南川原(なんがわら),岩屋川内などで磁器をやく。初代酒井田柿右衛門をおしえたとつたえられる。姓は竹原とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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