高地村(読み)こうちむら

日本歴史地名大系 「高地村」の解説

高地村
こうちむら

[現在地名]美麻村高地

美麻村の中で最も高所にあって山間村落であり、村名の由来もこれにある。

高地の名は、文禄年間(一五九二―九六)に成立したとみられる筑摩安曇両郡郷村御朱印御高附に「拾弐石八斗七升三合 高地村」とみえるのを初見とし、小規模村である。しかし枝郷には、享保一一年(一七二六)代において長嶺(ながみね)・竹(たけ)ノ川(かわ)・女生山(のしようやま)・寒方地(かんぼうち)・弥陀(みだ)・品生(しなしよう)・日影(ひかげ)・下松合(しもまつごう)・上松合・曲尾(まがりお)・保屋(ほや)・小米立(こごめだち)・明賀(みようが)・神出(じんで)・胡桃蔵里(くるみぞうれ)・若栗(わかぐり)・屋敷平(やしきだいら)・桂(かつら)などいずれも戸数の少ない枝郷が散在していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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