高岡町藪ノ内(読み)たかおかまちやぶのうち

日本歴史地名大系 「高岡町藪ノ内」の解説

高岡町藪ノ内
たかおかまちやぶのうち

[現在地名]金沢市高岡町(たかおかまち)・香林坊(こうりんぼう)二丁目・武蔵町(むさしまち)

城南部、石浦(いしうら)町南部より西へ向かい、北折して西側総川(北総構堀)沿いに石屋(いしや)小路までほぼ南北に延びる。約一一町に及び、東は石浦町・高岡町などに接する。町名は総構堀の土居上に茂った藪にちなむ。寛永八年(一六三一)の城下大火では、外堀の竹叢を焼いて仙石(せんごく)町・城内へと火が及んだという(三州志来因概覧付録)。東側の武家地を藪ノ内と称した。元禄六年(一六九三)の侍帳には南から石浦町後藪ノ内・南(みなみ)町後藪ノ内・提(つつみ)町後藪ノ内と記され、近代以降のほぼ上・中・下の藪ノ内に該当する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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