高松寺跡(読み)こうしようじあと

日本歴史地名大系 「高松寺跡」の解説

高松寺跡
こうしようじあと

[現在地名]鎌倉市西御門一丁目

来迎らいこう寺の北側、現在はテニスコートとなっている近辺にあった。山号寿延。日蓮宗比丘尼寺。身延山久遠くおん寺末。この地は鎌倉尼五山の一つ太平たいへい寺の旧跡であった。「風土記稿」によれば寛永一九年(一六四二)八月、水野淡路守重良が亡母高松院日仙の追福のため創建したとするが、同書所載の寛文一一年(一六七一)鐘銘は日仙の創建と伝える。同書によると一世は重良の娘日隆、二世は俗妹の日祐、三世は重良の猶子の日宗、日宗の時に塔頭境妙庵が建立され、以後男僧が住持し、寛文一二年に境内二石五升七合の地が除地となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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