高棚村(読み)たかたなむら

日本歴史地名大系 「高棚村」の解説

高棚村
たかたなむら

[現在地名]安城市高棚町

稗田ひえだ川沿いに発達した集落。南は榎前えのきまえ村、西は小垣江おがきえ(現刈谷市)に隣する。古代志貴しき庄に属する。応永一六年(一四〇九)の「熊野道者日記」に「一所高取郷 同高棚」と記す(大乗院記録)近世の高棚村は、初め刈谷藩領、寛政四年(一七九二)福島藩領と幕府領に二分され、幕府領は文化一一年(一八一四)刈谷藩領となり明治に至る。

一〇町歩前後以上の池の多い村で、元禄一五年(一七〇二)絵図あし池・しん池・ひる池・かき池がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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