高田廻・高田廻請地(読み)たかだまわり・たかだまわりうけち

日本歴史地名大系 「高田廻・高田廻請地」の解説

高田廻・高田廻請地
たかだまわり・たかだまわりうけち

[現在地名]上越市東城ひがししろ町二丁目・高土こうど町一―三丁目・てら町一―三丁目・南本みなみほん町一―三丁目・ほん町一丁目・高土町受地こうどちよううけちなど

高田城下およびその周辺に散在していた耕地。高田廻は天和三年郷帳にみえ高四三六石二斗余(反別六一町余)、古高四六六石七斗余。高田廻請地は松平光長時代には足軽侍屋敷地であったところで、光長改易後の天和検地で検地された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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