高畠新村(読み)たかばたけしんむら

日本歴史地名大系 「高畠新村」の解説

高畠新村
たかばたけしんむら

[現在地名]入善町高畠

黒部川河口部右岸に位置し、北は下飯野(しもいいの)村、東は蛇沢新(へびさわしん)村・本(ほん)村、西は芦崎(あしざき)村(現黒部市)の垣内の新浜(しんばま)。黒部川は村の南東から北西に向けて流れる。寛永一六年(一六三九)から万治三年(一六六〇)まで富山藩領、以後加賀藩領。明暦三年(一六五七)の草高一七八石(入善町史)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高二〇二石、免三ツ七歩、小物成は鱒役一匁・鮎川役五分(三箇国高物成帳)。黒部川の主流部が西に移り、享和三年(一八〇三)頃まで村は黒部川の川中島に位置するようになった。川崩れのため元禄元年(一六八八)九二石、宝永六年(一七〇九)三七石の引高があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 下飯野村 治水

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む