高輪小台町(読み)たかなわこだいまち

日本歴史地名大系 「高輪小台町」の解説

高輪小台町
たかなわこだいまち

[現在地名]港区高輪(たかなわ)二―三丁目

中原(なかはら)往還の東方に位置する片側の年貢町屋。寺地を挟んで北方と南方に離れ、どちらも往還から東に入る但馬横(たじまよこ)町・本多横(ほんだよこ)町に面している。北方は北側が但馬横町を隔てて芝二本榎承教寺(しばにほんえのきじようきようじ)門前、東は駿河沼津藩水野家下屋敷、西は永信(えいしん)寺、南は長円(ちようえん)寺境内。南方は東・西・北側を円福(えんぷく)寺に囲まれ、南は本多横町を隔てて豊後日出藩木下家下屋敷および信濃飯山藩本多家下屋敷。もとは下高輪村のうち。北方は長円寺年貢地のうち九〇坪に家作が許された。長円寺門前と俗称されたという。長円寺は浄土宗で、寛永八年(一六三一)伊皿子道往(いさらごどうおう)寺境内に起立されたが、寛文四年(一六六四)に相対替となり、代官支配の町屋三軒とともに但馬横町に移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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