高野倉村(読み)たかのくらむら

日本歴史地名大系 「高野倉村」の解説

高野倉村
たかのくらむら

[現在地名]鳩山町高野倉

熊井くまい村の西にあり、村域は越辺おつぺ川支流はと川の最上流水源地帯にあたる。山嶺を境に北は玉川たまがわ(現玉川村)北西番匠ばんじよう(現都幾川村)。玉川領に属した(風土記稿)。田園簿には高倉村みえ、田高五八石余・畑高一一石余である幕府領。元禄郷帳によれば高一〇七石余、国立史料館本元禄郷帳では旗本金田領。以降本田は同領のまま幕末に至ったと思われる(「風土記稿」「郡村誌」など)。本検地は寛文八年(一六六八)に、安永三年(一七七四)には本村西方の持添新田(幕府領)の検地が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む