高階為章邸跡(読み)たかしなためあきていあと

日本歴史地名大系 「高階為章邸跡」の解説

高階為章邸跡
たかしなためあきていあと

白河院寵臣で、数ヵ国の受領を歴任した高階為章の邸跡。「中右記」康和五年(一一〇三)一二月一四日条に「今夜有御幸丹波守為章朝臣二条万利小路新造宅」とあり、二条万里小路にあり、この時新造されたことがわかる。しかしその正確な位置は確定できない。

なお為章邸は同じ二条大路上でも、西の油小路にも邸があったらしく「中右記」「殿暦」の承徳二年(一〇九八)二月二日条に「丹波守為章朝臣二条油小路家」としてその焼亡記事がみえる。油小路を挟んで二条の南、三条坊門までは、「拾芥抄」東京図によると閑院かんいん堀河院ほりかわいんであるから、この為章家は二条の北で油小路の東西どちら側かにあったものと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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