鯰田村(読み)なまずたむら

日本歴史地名大系 「鯰田村」の解説

鯰田村
なまずたむら

[現在地名]飯塚市鯰田

嘉麻かま郡に所属。遠賀おんが川の右岸に位置し、北西は同川を挟んで穂波ほなみ柳橋やなぎばし村など。民居は本村山村やまむら古城こじよう栗尾くりお五反田ごたんだなどにある(続風土記拾遺)。暦応二年(一三三九)六月一二日の一色道猷書下案(到津文書/南北朝遺文(九州編)二)に鯰田道経がみえ、立岩たていわ別符を実効支配している。小早川時代の指出前之帳では嘉麻郡鯰田村の田二五町八反余(分米二四五石余)・畠一五町五反余(分大豆六七石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一千一七九石余、うち大豆三四三石余(慶長石高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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