鳥丸村(読み)とりまるむら

日本歴史地名大系 「鳥丸村」の解説

鳥丸村
とりまるむら

[現在地名]東郷町鳥丸

斧淵おのぶち村の北、北東の紫尾しび山系山地から蛇行して南流する樋渡ひわたし川上流域を挟むように位置。東は山田やまだ村、西は藤川ふじかわ村・宍野ししの村、北は宮之城みやのじよう泊野とまりの(現宮之城町)。暦応四年(一三四一)八月二三日の室町幕府御教書(島津家文書)に「薩摩国東郷内鳥丸村」とあり、渋谷重棟が子息重春らを当村に派遣し、夜討殺害を行ったとの訴えが渋谷種重よりあったので、守護島津貞久に調査が命じられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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