鳥子村(読み)とりこむら

日本歴史地名大系 「鳥子村」の解説

鳥子村
とりこむら

[現在地名]西原村鳥子

東は阿蘇外輪山頂尾根を境に下久木野しもくぎの(現久木野村)、西は岩坂いわさか(現菊池郡大津町)、南は小森こもり村、北は錦野にしきの(現大津町)に接する。鳥子川が村中を西流する。中世には阿蘇社領南郷に属し、南北朝期以降阿蘇社の造営などに際し、諸役を負担した。長禄二年(一四五八)七月二五日の阿蘇社(カ)造営料木諸郷村支配状(阿蘇家文書)によると、上下二村に区分されていた。慶長国絵図に村名がみえ、近世は布田手永に属する。細川家の家老米田家の知行地で宝暦七年(一七五七)の布田手永手鑑には高六七九石二斗余、諸開二一町三反余と茶床がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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