鳴川町(読み)なるかわちよう

日本歴史地名大系 「鳴川町」の解説

鳴川町
なるかわちよう

[現在地名]奈良市鳴川町

高御門たかみかど町の南に所在。町中央を東西に飛鳥川が貫流するが現在は暗渠。「奈良曝」に

<資料は省略されています>

とある。「大乗院雑事記」長禄四年(一四六〇)閏九月二六日条にみえる正長元年(一四二八)の「領内間別銭事」に「ナル河廿四間六尺五寸」とあり、文明一二年(一四八〇)六月一九日条の「七郷」(興福寺寺門郷)のうちの南大門なんだいもん郷に「鳴川」がみえるが、明応九年(一五〇〇)五月三日条には「先日衆中書状到来、鳴川郷近日無正体、可建立新屋也、所役十个年可皆免也」とみえ、戦国の争乱で荒廃したことがわかる。大永五年(一五二五)の御領内元興寺領地口銭帳(内閣文庫文書)によると「東鳴川」とみえ、春日社田楽頭役方のため一〇軒に二一間三尺分(一間につき三〇文)の地口銭がかけられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む