鴨井村(読み)かもいむら

日本歴史地名大系 「鴨井村」の解説

鴨井村
かもいむら

[現在地名]三和村鴨井

南は水吉みずよし村、西は村に接する。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図には飯田いいだ川右岸に描かれる。応永一八年(一四一一)八月一九日の居多神社社領注文(居多神社文書)に「五十君郷内 二町 鴨江得安」とあり、居多こた神社(現上越市)の社領があった。年月日未詳の高梨氏所領注文(高梨文書)によれば、越後国内の本地一七ヵ所の替地として長尾為景から渡された地のうちに「鴨居村是ハ吉田知行」がある。天正一〇年(一五八二)四月六日、上杉景勝は尾崎重光に「鴨居村」五五貫九〇〇文のうち二〇貫文分の地を宛行った(「上杉景勝宛行状案」歴代古案)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む