鴫島(読み)しぎしま

日本歴史地名大系 「鴫島」の解説

鴫島
しぎしま

閨(ねや)付近に比定される。文和二年(一三五三)九月の得田素章代斎藤章房軍忠状写(得田文書)によると、同年八月二八日能登島の「鴫島飯浦」で南朝方の長胤連勢と北朝方の吉見詮頼軍が合戦に及び、長方が敗退した。戦国後期頃には「敷島」とよばれ、鴫島入江に面し、久来(くき)(木)と禰屋(ねや)(閨)の中間部に位置した(「能登内浦村々給人注文写」諸橋文書)。貞享二年寺社由緒書上に閨村鴫島明神が屋敷草高をもつ社地であったとみえ、宝暦一四年(一七六四)の旧蹟調書(能登志徴)によれば、閨観音堂の所在地として閨村領鴫島が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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