閨観音堂(読み)ねやかんのんどう

日本歴史地名大系 「閨観音堂」の解説

閨観音堂
ねやかんのんどう

[現在地名]能登島町閨

閨の南西部、鴫島しぎしまとよばれる標高約七メートルの独立丘陵南端部に所在し、周囲に墓域を含む境内は上幅約一メートル、高さ〇・五メートルの土塁によって区画されている。当堂蔵棟札によれば応永二六年(一四一九)七月二五日に二間四方の堂宇が建立され、本尊開眼供養が行われている。願主は住持玄錠、大工は沙弥明頓、「禰屋」の地名もみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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