閨村(読み)ねやむら

日本歴史地名大系 「閨村」の解説

閨村
ねやむら

[現在地名]能登島町閨

無関むせき村の西九町にある。七尾北湾に面した村で、集落は細い入江の両岸に並列する。丘陵が海岸近くまで迫り、平坦地は狭小。応永二六年(一四一九)七月二五日の閨観音堂の造立棟札に「禰屋」とみえる。文明一三年(一四八一)一月一一日の能登島八ヶ村公田田数注文(伊夜比神社文書)によると、一宮気多社の二斗米(段銭)賦課の対象とされていた「子やムセキ」の公田数は三町で、温井殿の知行とある。同一二年頃の向田村公田田数注文案(同文書)には「禰屋牟関分」とみえる。しかし戦国後期頃の能登内浦村々給人注文写(諸橋文書)では牟関と並んで「禰屋」とあり、温井兵庫尉の給分とされていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む